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July 14 24歳のピーターパン ③しばらく、いろいろなことでごたごたしていたら、こっちの更新をすっかり忘れていました。
下書きをある程度終えたのが、7月2日。
そこからずっと放置プレイ。
10日以上もほったらかしたんですね。
みなさん、本当にごめんなさい。
お待たせしました。
(はじめての方は、こちらはシリーズものなので、
もし、始めから読んで下さるなら、左の「みすとのできかた」というカテゴリをクリックして頂くと、
これまでに載せた「24歳のピーターパン」を見ることができます。)
いつからだっけ。
塾内で、風当たりが強くなったのは――。
なぜかを考えると、恐らく直属の上司(っぽい先生)に、いろいろとチクられたから。
ミーティングで、話をする立場の先生が知らないはずの、私のちっちゃなミスを知っている。
どう考えても、そのちっちゃなミスを知っているのは、直属の上司くらいしかいない。
働いて20年になるお局様や、塾長からの目線は、すぐに変わった。
入社して4ヶ月で、同期が辞めてから、さらに、風当たりが強くなった。
社員の中で、注意して見るべき対象(若い新人)が、私しかいなかったからだろう。
毎回、ミーティングでは、誰とははっきり言われないが、私がやったミスが話されていた。
「同科目の先生への連絡事項を、口で言えばいいのに、わざわざ紙に書いて印刷して配る先生がいる」
「仕事の順序を分かってない先生がいる」
おまけに、授業の指導や知識についての研修がないから、予習と自習で普段の生活が忙しく、
他の先生の授業を見学するのに、予習が間に合わなかったときも、
「予習をきちんとしてからでないと、見学されたら困る」と。
分かってます。ごめんなさい。
でも、私だって、必死に頑張ってるよ。
家帰って、1人暮らしだから、家事も全部やって。
空いた時間は、パソコンしたり買い物する以外は、勉強に費やしてるよ。
自分の状況を分かってもらおうとするほうが、間違いだったのかもしれない。
「勉強はできて当たり前」の世界だ。
そんな中でも、塾長は、授業3分前に代講を頼んでくることがあった。
そのとき私は、まだ、研修中だった。
小学校6年生、中学受験組の、算数の授業。
「私、 中学受験をしたことはないですし、説明がきちんとできないと思います」
と、はっきり言った。
すると。
「君はこの校舎で算数を教える予定はないから、失敗しても大丈夫。
早くやりなさい」
と、塾長に言われた。
…は?
結局、私が授業をした。
案の定、授業はボロボロだった。
教壇で、大恥をかいた。
実は、自分が後々担当した生徒が、何人かその授業を聞いていた。
塾のチラシに、
「アルバイト講師はいません」
「毎日ミーティングを行って、指導方針や教授方法を話し合っています」
と、書いてあるのを見るたび、嫌気がさした。
アルバイトより、ひどいよ。
塾のバイトだって、指導研修くらいあるよ?
ミーティングだって、教授方法なんて一度も出たことないし、
指導方針っていうか、上役が社員に文句言うだけだよ?
他にも、直属ではないが、同じ校舎を回っている社員に、よく、だまされた。
気が付けば、その社員がやるはずだった仕事が、全部私の一手に回ってきている。
私が、普段どんな人がその仕事をするべきか、といった仕事に関する情報を何も知らないから、
いろんな仕事が、いつも、突然、転がり込んできた。
普段から、その社員に回されてきた仕事で、どたばたしていた私は、
そんな事情を知らない、他の社員から見たら、
「いつでも忙しそうなくせに、仕事の片づけられない、できそこない」
だと思われていたことだろう。
そんな私を見たお局様は、
「もっと、仕事の優先順位を考えないと」
と、私にお説教をした。
仕事に関する情報を、もっと的確に知っていれば、優先順位くらい分かりますよ。
家族にそれをこぼすと、
「あんた、自分から聞かなきゃ」
と言われた。
直属の上司は、いつも忙しそうで当てにならない。
それに、私の直属の上司がいるときは、周りの社員が、いつも押し黙る。
話しかけるのをためらうほど、くだけた話のひとつもできないほど、忙しすぎて殺気立っている。
仕方がないので、他の先輩社員や上司に聞いた。
ところが。
あるとき、同様のことを塾長に聞いたとき、お局様に呼び出された。
「塾長に聞くなんて、どういうこと?
塾長は、運営のことには、タッチしていないから。
あなた、とっても恐れ多いことをしてるのよ。
他に分かりそうな社員に聞きなさい」
そんなわけで、No.2のお局様に聞くことになったが、
働いて20年にもなるのに、この人の知識は生半可だった。
結局、お局様が分からないことを調べるのに、ほとんどの社員が動員され、
それでも分からないときは、お局様が塾長に質問に行っていた。
私がお局様に質問をする。
お局様はすぐに人を呼ぶ。
いろんな社員を呼び出して使おうとするので、
そのたびによく、私に対し、「またこいつのせいか」的な空気が流れた。
あまり目立ちすぎるのが嫌になったので、
他の社員に聞いても、同様のことが起こる。
誰かに仕事について聞くのが、こんなに困難だったとは。 むしろ、何も聞いたらいけなかったの?
そして、
夏期講習、冬期講習、春期講習といった長期講習が来るたびに、
講習の授業に加え、通常授業までやるシステムになっていた、塾の体制の中で、
徐々に、体の調子が狂っていった。
どれだけ予習をやっても、し足りない。
朝3時まで起きてやっているのに、翌日の授業は適当だ。
しかも、それが毎日続く。
夏期講習のときは、暑さと寝不足で、ご飯が食べられなくなった。
講習期間の授業では、ほぼ毎日、体のだるさと眠さで、意識がとんだ。
それでも、子どもかわいさに、続けようとした。
しかし、体が言うことをきかなかった。
辞める4ヶ月前から、合計で食事を6回は戻した。
体重も、勤める前に比べたら、7kg減っていた。
最終的に、仕事を辞めようと思った決定打は、
私に向けて、ミーティングで言われた、
「毎年やるのが当たり前の仕事を、『手伝いましょうか』と言った責任感のない先生がいる」
という、お局様の一言だった。
これは―
ある日のことだった。
せっせとDM(ダイレクトメール)の支度をしている先生が数人。
なんだか、忙しそう。
でも、自分の仕事はある。
手を貸す余裕は、正直言ってない。
しかし、これだけの先生がやっている仕事だから、後々、手伝っておいたほうがいいかもしれない。
そう思って、直属の上司に声をかけた。
「手伝いましょうか?」
すると、その上司は「『手伝いましょうか』って―」と眉をひそめて失笑し、
「周りを見て、できそうなことやって」と言った。
上司の表情に、「これはマズイ」と思いながらも、
にっこり笑って、「はい」と返事をし、仕事に加わった。
その後、他の新人の先生が、黙って何も言わずに仕事に参加していた。
なぜ、私だけが注意されるの?
何も言わずに加わるのも変かと思って、一声かけただけなのに。
黙って手伝いに加わった新人の先生は、何も言われないの?
ねぇ、どんなことが失礼なの?
何をやったらいけないの?
この会社。
それを聞いただけでも、怒られるの?
よく、分からない。
とにかく、今思えば、いろんな事情が積み重なりすぎた。
生徒は大好きだが、生徒を最優先で考えていられなくくらい、いっぱいいっぱいの状態になった。
自分が辞めたら、生徒に迷惑がかかる、と思っていた。
でも、体調を崩し始めてからは、そんなことも考えていられなくなった。
体調を崩してはいたが、
これくらいの体調なら、就職活動もそれなりにやって、次の仕事にすぐ向かえるだろう、と思った。
これ以上勤め続けて、もっと体や心を壊して、動けなくなることのほうが怖かった。
法律を調べた結果、辞める1ヶ月前に退職願か退職届が出ていればいい、ということが判明した。
そして。
春期講習中、3月末に、塾長に退職願を直接手渡した。
――つづく。 June 29 24歳のピーターパン ②私が、先生としての立場を嫌ったせいか、
私と子どもたちは『友達』のようになった。
子どもたちがきちんと笑ってくれて、何でも話してくれるようになるまでは、
クラスや年齢によってかなりバラつきがあり、
早いところで半月、遅いところで4ヶ月くらいはかかった。
『友達』になるのだって、結構時間はかかった。
信頼関係はすぐできるもんじゃない。
時間がかかっても、信頼関係を持てたことに、私は満足した。
もちろん、
「自分が『大人である』という認識をもって、子どもたちを節度のある関係を築いて下さい。
『教師』として、毅然とした態度で、子どもたちに勉強を教えて下さい。
それがあなたたちの仕事です。
子どもたちに一度ナメられたら、それ以上子どもたちは『教師』という目で見てくれません」
などという、学習塾的な立場がすでに確立している上役の先生からは、私のスタイルはよく否定された。
夏期講習等で生徒が一時的に増えたとき、また、ある先生が他の授業と時間が重なって忙しいとき、
よく、手伝いとして、また忙しい講師の代わりとしてヘルプ役をやっていた私は、
当然のごとく、生徒の会話や動作を拾って笑いを振りまいた。
そんなこんなしていると、
突然、教室のドアが開き、「うるさい!!」と一喝される。
相手は、私に授業のヘルプを頼んだ講師だ。
「もうちょっと静かにしてくれやんと―――。
あと、たった数問の答え合わせに25分もかかったって聞いたけど―――」
その講師の会話中の、失笑じみた表情。
口調は柔らかだけど、この人がこういう表情のときは、相当キレている。
なぜ、「キレた」のが分かったかというと、
その後、社員内のミーティングでいろいろと言われる機会が増えたからだ。
こういう話は、すぐ上役に伝わるものだ。
呼び出しも喰らった。
「子どもとなれ合うのではなく、『大人』として―――」
そんなことを聞くたびに、ピーターパンは心の中で唾を吐く。
(けっ!仕事中に株やって遊んでるあんたが、立派な『大人』だって言うなら、一生子どもでいいよ!)
大人しく、聞くだけ聞いたつもりだったが、私の目はガンつけていたかも知れないし、拳を握りしめていたかもしれない。
ピーターパンはぼやく。
なぁ、大人になったら―――
大人になったら、子どもに対して上からモノ言うのか?
子どもを黙らせないと話ができないのか?
子どもの見えないところで、何やってたって自由なのか?
(株価の変動のせいであんたが落ちついてないの、事情を知らない生徒が不思議がってんぞ)
自分の稼いだカネでブランド品買い込んだり、高級外車乗り回したりするのか?
自分の稼いだカネが、
「自分の子どもが少しでもよくなるように」って願って、
塾に子どもを預けた親が、汗水流して働いたもんだってことを忘れるのか?
(塾の費用を払うのを、
親が自分の子どもに対して表した、正当な愛情だと評価するつもりはないが)
子どもだって、部活やって疲れてんのに、
子どもの気持ちを無視して、自分の気の赴くままに授業をするのか?
そんな大人なら、
子どもに夢も笑いも与えられない大人になら―――
なるつもりは、ない。
そんな私だって、子どもを怒ったことがなかった訳じゃない。
あれは確か、おでこをボールペンでつつかれたときだった。
反射的に、テキストでスパーン!と一発生徒の頭を殴った。
「おでこだからよかったけど、万一目に入ったらどうすんの!」
と、一言怒った後で、生徒の表情を見たら、何とも言えない後悔の念が見えた。
うーん、言い過ぎたかな。
でも、こういうときこそがいい学習の機会。
「絶対笑わせるネタをひとつ作りなさい。
私だけじゃなくて、みんなを爆笑させたら許します」
さぁ、修羅場を自分の力で笑いに変えてみろ。
その生徒は、1枚のメモ用紙を持って、何やら必死に落書き。
「できた!」
そこに描かれていたのは、顔が4.5mにも及ぶ、『フランスパンマン』。
顔が長いのに、胴体がふつう。っていうか短い。
思わず、吹き出した。
「これ、見て!」
クラス中に、どっと笑いが拡がった。
生徒自身も、みんなの笑顔につられて、安心したように笑った。
そう、コレだよ。
笑いをクラスのみんなで共有できれば、こんなにほっとした気持ちになれるんだよ。
君の居場所も、そこにあるでしょ?
怒られて、独りだけクラスからちょっと浮いた感じになったけど、
一緒に笑って、また輪に入れたでしょ?
ピーターパンは信じてた。
笑いの力を。
どんな状況でも、笑いを持ち込むことによって変わることを。
笑いの輪に入ったときの、何とも言えない和やかな気持ちを、ピーターパンは授業で覚えた。
June 27 24歳のピーターパン ①何日も前に「書く!」と言って、今日やっと、1話目公開です。
遅くなってしまってごめんなさい。
と言ってもまだプロローグ的な部分しか書いてないですが(-_-;)
本編に入りたいと思います。
なぜ。
なぜ、世間では事件の話題が多いのだろう。
朝も、昼も、夜も、その次の朝も。
どのニュース番組を見ていても、ほとんどが事件でできている。
「安心して暮らせる世の中じゃなくなった」
と、世間は騒ぐ。
確かに、そうかもしれないけれど―――。
そんな世間の大人たちは、厳しい顔で、早足で辺りを往来している。
その大人に育てられた子どもたちは、
「こんにちは」とこちらが笑顔であいさつをしても、異物を見るような目でこちらを見る。
なんで、事件が起こる前から、そんなにカリカリしてるの?
なんで、そんなにイライラしているの?
そんな些細な不安から、人はフラストレーションを抱く。
元はと言えば、
何が悪い、とかじゃない。
自分で生み出した不安じゃないか。
事件に遭った人は、ひどい負の感情を曝しながら、カメラの前で訴える。
事件の凄惨さを、事件後のぼろぼろの感情を訴え、事件の風化を恐れて何度もカメラの前に現れる。
そうすることで、何かいいことがあったか?
そうすることが、世間に対して心理的にどんな影響を与えるのか、考えたことがあったか?
…何もねぇだろ。
自分が事件に遭ったことがないからだ、と言われればそれまでかもしれない。
事件の悲惨さを伝えるメディア。
いろんな世間からの軋轢で、笑顔をなくす大人たち。
そんな大人たちを見て育つ子どもも、笑顔をなくす。
そうやって生まれた、世間的なフラストレーションが、また加害者と被害者をつくる。
こうして、世の中に、負の感情がスパイラルしていく。
そして、どんどん抜け出せなくなる。
なぜ。
世間が負の方向に進むのを、誰も止めようとしないの?
笑顔ひとつ作れば済むことじゃないか。
そんなに無力感にさいなまれているの?
自分がつらくたって、笑顔ひとつ作ってみれば、誰か笑ってくれるかもしれないじゃない。
自分に余裕がなくたって、ネタのひとつでも作ってみれば、誰か笑ってくれるかもしれないじゃない。
誰かにほんの少し優しくしてみれば、「ありがとう」って笑顔をくれるかもしれないじゃない。
どうして負のフラストレーションに浸っているの?
だから、だろうか。
私は塾講師として教壇に立つことで、子どもたちと笑顔をやりとりしようと思った。
勉強をたたき込んで、渋い顔を子どもたちにさせるより、
笑顔を与えた方が、正直ずっとマシな世の中を作れると思った。
世の中を変える力は、勉強じゃない。
もっと大切なものがある。
そう信じたかった。
「おかしいよ、先生!」って子どもたちに笑ってほしかった。
その笑顔を、君たちのお父さんお母さんに振りまいてくれれば…。
君たち1人1人の家族が、みんなで笑ってくれれば。
そう願っていた。
至って子どものような思考だが。
だからこそ。
とにかく、自分の身の回りの環境には徹底的にこだわった。
「笑顔を振りまく仕事をする」自分が、余計なことでストレスを感じないように。
まずは、自分がどうしても乗りたかった車種の車を、貯金をはたいて現ナマでぽんっと買った。
残った貯金を使って、ひと月平均家賃45,000円の地域で、新築で53,000円の家を借りた。
浴室乾燥機つき、カードキー式、アパートなのに重量鉄骨造りという、ちょっと贅沢な家だった。
入居の初期費用が約37万。これも、ぽんっと出した。
おまけに、家具・家電をそろえるのに、1人暮らしではいささか贅沢すぎるだろうが、約25万を費やした。
足りない分は、親からいくらか借りた。
そして、おかしいほどの徹底的なこだわり。
とにかく、自分の行動でおかしいと思ったものは、ひたすら笑った。
TV番組は、絶対にバラエティかお笑いしか見なかった。
逆に言えば、バラエティかお笑いならば、ビデオを録ってまで見た。
1人暮らしの間は、泣ける映画や悲しいドラマはもちろん、ニュースすら見ていない。
講師として、世間から置いてけぼりをくらっていると笑われるかもしれないが。
とにかく、「笑顔を振りまく」自分が笑えなくなったら、おしまいだと思った。
それくらいのプライドを持って、子どもたちを笑わせようとした。
ある意味、他の塾講師と同じ、『大人』というひとくくりに入れられてたまるか、という意地もあった。
そんな、誰にでも夢を与えようとする、大人が嫌いなピーターパンは、このとき初めて私の中に生まれたわけじゃなかった。
ずっと前から、いた。
ココに。
話の都合上、長くなるので、その辺の話は割愛させて頂きたい。
また書く機会があれば。
そんなピーターパンは、塾講師になった後も、大人を嫌いになっていった。
そして、いつしか自分を最優先するようになっていった。
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